二十四の瞳を見て、貧しさの落とす影について考えさせられました。
冒頭の颯爽とした大石先生は、分教場への再度の赴任では40歳という年齢以上に老けていました。
戦争で辛苦を舐めたからですが、働き手である三郎さんがいないと、暮らし向きが成り立ちません。
死なせなくてもよい二人の生命まで失うことになって、戦争への怒りが深くなっていました。
貧しさ、貧乏について、奈緒さんはゲゲゲ、早海さんあるいは鴨京といったドラマで体験しました。
これまでの貧しさは、本人が頑張ればなんとかなるもので、時には明るさもありました。
しかし、ここでの貧しさはどうすることもできず、コトエの話はとくに身につまされるものでした。
それなのに、生まれ変わっても、私の先生でいてほしいとは・・・教師冥利につきますね。
貧しさが将来への希望に影を落としているのは、女の子だけでなく、男の子も同じです。
職業軍人になれば、島での仕事よりも給料がいいから、と話す場面がありましたね。
実際ははるかに少ない俸給しか支給されず、残された家庭が悲惨になるのは大石先生の通りです。
現在の小豆島はさまざまな特産品や観光で豊かな島になっている様子で、ホッとさせられます。
秋とは名ばかりでなんとまぁ暑いこと・・・かなりのバテ気味でございま~す。奈緒さんは大丈夫ですか?みなさんの二十四の瞳の感想を読ませていただいて、そうそうそうやねん!と自分では表現できなかった事を改めて感じることができました。不朽の名作と言われる作品を演じられるのは大変な重圧だったと思いますが、何十年後に又若い女優さんが大石先生を演じられるとき私はきっと奈緒さんが演じられた久子さんを想い出すでしょうね。














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